「今更ですが、本音のブログ始めます。よろしく!」
もう、かれこれ10年以上前からの夢。
ずっとやりたかったけど、ずっと迷いがあった。
何度も事業計画を書いては、採算が取れそうにないと諦め、物件探しまでしておいて、子供ができたからと諦め、いよいよやるぞ!ってときに介護保険の改正で躊躇した。
落ち着いて周りを見渡してみたら、町中にデイサービスの送迎車があふれてる。
『うちに来てください』『いやいや、うちに!』と、お年寄りの取り合いだって噂を聞いた。
経営が厳しく、潰れたデイサービスやグループホームも少なくない。
コンビニ並みにデイサービスが乱立しているのが、この地域の現状。
選択肢が増えるという意味では良いと思う。
それぞれに特色があれば、お年寄りやその家族が、自分にあったところを選ぶことができる。
潰れてしまうところは、やはりそれだけのものだったのかもしれない。
私は、病院や大規模施設ではできない、ちゃんと相手に寄り添うケアが行える場所を作りたいと思ってきた。
『はい、ご飯食べるから口開けて!』『はい、トイレ行くよ~!』とその場からお年寄りを拉致るのではなく、もっと自然にできるんじゃないか。
上から目線で見るのではなく、同じ目線に立つことってできるはず。
「認知症だから仕方ないね」ではなく「〇〇さんだからこうだね」と、その人1人1人をちゃんと見ることが大事でしょ。
でも、病院や老健施設では、なかなかそれが難しい。
私がやろうとしている看護小規模多機能は、デイだけでなく訪問や泊りもOKな小規模な介護施設。
それなら、その人、1人1人のペースを大事にできる。
スタッフの労力は増えるのかもしれないけど、1人1人の人生って、もっと重く、もっと尊いものであるはず。
誰かの人生に関われる仕事なんて、ステキじゃない。
ずっとそう思ってきた。
作業療法士という仕事が天職だって思ったときも、同じように思った。
人の人生に深く関われる仕事なんて、そうそうない。
やりたいことはいっぱい。
まずは画一的なケアでない、一人一人の時間の流れに沿ったケアができる場所を作りたい。
「海に行きたい。」
行こうよ!
「寿司食べたいねぇ~」
お寿司屋さん、行こうよ!
「髪が伸びたわぁ~」
美容院、行こうよ!
行きたいところには、行けばいい。
難しくない。
それが普通の暮らし。
施設らしくない、大きな家を作ろう。
子供の声がする日当りのいい縁側で、お婆ちゃんが日向ぼっこしながらお茶してるような、そんな雰囲気のある空間。
誰が介護する人かされる人か、パッと見ただけじゃわからない、それくらいさりげないケアができるといいな。
そして、赤ちゃん。
自然な存在として、そこに赤ちゃんにいてほしい。
じいちゃんと赤ちゃんが隣同士でご飯を食べる。
寄り添って昼寝をする。
赤ちゃんとお年寄りのコミュニケーションがどんな効果を生むのか、今から楽しみだ。
生まれたての命と終わりゆく命の絡みは、本来自然にあったもの。
普通の暮らしを提唱するために、私はいろいろな命が絡み合う施設っぽくない大きな家を作ることを決めた。
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